尾原ダム

|

尾原ダムは建設は、島根県政100年の大計といわれ斐伊川・神戸川の抜本的治水対策の一環であり、1級河川斐伊川の水禍から下流の地域住民の生命財産を守るための洪水調節、正常な流水の機能の維持及び県東部地域10ケ市町村の水道用水の水源確保など多目的ダムとして建設が進められている。

旧仁多町では前布施、山方、林原の集落、佐々木、原田、上鴨倉集落の一部がダムの湖底に沈むことになる。ダム事業は、その地域の歴史や文化の流れを絶ち、地元の人々の生活を一変させ、先祖伝来のふるさとがその思い出とともに公共事業の中でも特異なものである。本町にとっては44戸が水没等により移転(内14戸が町外移転)を余儀なくされ、50名の人口減少をはじめ、30ヘクタールの広大な農地が消失するなど計り知れない影響を受けた。

 その一方で、町内3ヶ所の移転者のための生活再建地づくりをはじめ、ダム建設事業は、地元建設業への受注機会の増、地元消費等による波及効果、山陰地方最大となるダム湖を活用したダム湖公園づくりなど、本町の町づくりや地域活性化に大きな期待が寄せられる。(仁多町誌より)

ダム7.jpg ダム2.jpg

流域の概要  

1級河川斐伊川は、源流を中国山地船通山に発し、宍道湖、大橋川、中海、境水道を経て日本海に注ぐ総延長153キロメートル、流域面積2070平方キロメートルの河川である。

 上流域の大部分は風化花崗岩に覆われ、古来より多量の土砂を流下して出雲平野を形成し、さらに江戸時代になって、現在の宍道湖に東流する流域を形成した。

 中国山地では、「風土記」の時代から、たたら製鉄と呼ばれる砂鉄を原料とした製鉄業が盛んであり、わが国最大の鉄生産地となった。原料の砂鉄は、鉄穴流しと呼ばれる方法で採取したが、砂鉄分を採取した残りの大量の土砂は斐伊川に流された。さらに、たたら製鉄では大量の木炭が使用され、そのために山が伐採により荒廃したことから流失土砂が増大し、下流域では典型的な天井川となり大水害の要因ともなった。

 最終的には、尾原ダムについては、将来水不足が心配される県東部の水源確保のため、上水を含めた多目的ダムとし、堤頂標高220メートル、総貯水量6080万トンとなった。

ダム5.jpg ダム6.jpg ダム1.jpg

尾原ダムは建設は、島根県政100年の大計といわれ斐伊川・神戸川の抜本的治水対策の一環であり、1級河川斐伊川の水禍から下流の地域住民の生命財産を守るための洪水調節、正常な流水の機能の維持及び県東部地域10ケ市町村の水道用水の水源確保など多目的ダムとして建設が進められている。

 旧仁多町では前布施、山方、林原の集落、佐々木、原田、上鴨倉集落の一部がダムの湖底に沈むことになる。ダム事業は、その地域の歴史や文化の流れを絶ち、地元の人々の生活を一変させ、先祖伝来のふるさとがその思い出とともに公共事業の中でも特異なものである。本町にとっては44戸が水没等により移転(内14戸が町外移転)を余儀なくされ、50名の人口減少をはじめ、30ヘクタールの広大な農地が消失するなど計り知れない影響を受けた。

 その一方で、町内3ヶ所の移転者のための生活再建地づくりをはじめ、ダム建設事業は、地元建設業への受注機会の増、地元消費等による波及効果、山陰地方最大となるダム湖を活用したダム湖公園づくりなど、本町の町づくりや地域活性化に大きな期待が寄せられる。
 

工事の進捗状況

尾原ダム本体工事の進捗状況、空撮写真をみることができます。

H21年度予算内示(平成22年で終了) 103億6千万円



 

カレンダー

カテゴリ