比婆道後帝釈峡国定公園

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三井野原・船通山・比婆山・吾妻山・道後山の中国山地の中央部の山々と帝釈峡からなる公園です。 1963年(昭和38年)7月24日に指定されました。

これらの山々は大抵ゆるやかな高原状をなし、隆起準平原の特徴を現しています。それを被っていた森林は砂鉄の精錬のため、永年にわたって伐採されてきたので、多くは草原になっています。しかし、ところによっては自然林も残り、船通山(1,142m)の大イチイ,比婆山(1,299m)のブナの純林などは貴重です。 

また、三井野原(727m)、道後山(1,271m)や吾妻山(1,240m)の高原部は中国地方の数少いスキー場になっており、全体として利用性の高い公園です。

 

■三井野原

 ファミリーにおすすめのアクセス便利なスキー場。

 国道314号とJR木次線の両側にゲレンデが広がる、この上もなくアクセス便利なスキー場です。島根と広島両県にまたがるワイドで広大なゲレンデは、緩急変化に富みビギナーから上級者まで楽しめ、特にファミリーにおすすめです。民宿・ロッジは18軒あり、充実したレンタルやSAJ公認のスクールもあります。

 

■船通山

 

 船通山(標高1143m)は島根県と鳥取県にまたがる鈍頂の山です。奥出雲に位置するこの山は神話に彩られた山でもあります。

 須佐之男命(スサノオノミコト)が船通山に棲む八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を退治し、この時に大蛇の尾から出たのが天叢雲剣(アメノムラクモノツルギ)と言われています。

 登山基地になるのは、ヴィラ船通山「斐乃上荘」だ。下山しての温泉もあり、カタクリ情報(5月連休前後)も教えてくれる。

 登山道は二つあって、亀石コースと鳥上滝コースです。

 

■吾妻山

 

  吾妻山は元放牧地で登山道周りに大木がなく草原の状態で保たれており、高山植物は多種が繁茂して植物が多彩で美しい。

 登山 パーキングより車道をすこし登ると左に登山道が現れる。大池のそばを通り休暇村の上部を過ぎると湿原に入る。初夏から秋まで色々の花が咲き昆虫が飛び交い美しい。
 この当たりは草原で手入れが行き届いて快適である。ここの草原には伊吹トラノオの群落がある。休暇村の努力に感謝しよう。幼児や高齢者にも安心できる所である。
 いよいよ登りにかかるがそんなに急な道ではない。小学生にも楽に登れる道だ。道そばには、高山植物が色々咲いて美しい。あちこち花をさがして登るのも楽しい。南は展望が開けて快適だ。頂上下には小さな湿原もあり変化もある。
 赤とんぼの群れが迎えてくれる頂上は、わりに平らで四方が見通せて気持ちが良い。休憩にも良い。帰りは尾根道を下るほうが面白い。ここは初秋にはまつむし草がさいて美しい。展望も良い快適な下りだ。

 

■鯛ノ巣山

 

 鯛ノ巣山は奥出雲町上阿井と雲南市吉田町との堺に位置し、「出雲風土記」の志努坂野であろう、山名の由来について「となりに田井郷があり、これから‘たい’となった」と。また、「山の中腹に籠り岩という大きな岩があり、イザナミの尊が七日七夜この岩穴に籠られお産をされた。このことから田井ではなく、めでたいということで、‘鯛’の字を充てた」とも云われている。

 山頂からは、大山、宍道湖北山山系の山々、出雲平野、三瓶山にいたるまで眺めることができる。

  さらに尾根伝いに南へ約200m進むと弁当岩という巨岩があり、そこにくりひろげられる中国山地の山々の大パノラマはまさに絶景である。

 

■猿政山

(登山道は整備されてません。)

豊かな森林を求めて、町内外から山を訪れる人が多く見かけるようになりました。観光を目的として整備した山のほかに、昔から地域で親しまれ、今でも地域の人の力で守られ、気軽に登山やハイキングを楽しむことができる山が幾つかあります。(仁多町誌より) 

大人山

 

 八代にあり標高574メートル、町道寺谷線終点で車を降りて頂上まで1700メートル、徒歩約40分、道幅も広く勾配も緩やかで、子供や女性にも容易に登ることができる。

 平成6年に八代の5自治会が結成された、「大人山を守る会」と地元の有志によって毎年整備され、一本道で迷うことはない。

 頂上付近には5ヶ所の広場が設けられ、出雲大社や一畑薬師の石碑が祭られている。ここからは日本海・島根半島・宍道湖・三瓶山のほか、猿政山・吾妻山・船通山等、中国山地の山並みが望め眺望は良く、布勢幼稚園の園歌にも歌われている。

 

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城山

  上三所と三所・郡村の境界に位置する標高578メートルの姿の美しい山である。町の中心的位置にあることから、国土交通省や県の防災無線中継所をはじめNHKと民法のテレビの中継局が設けられている。また、平成1012月には携帯電話中継塔も設置された。

 林道は頂上まで舗装整備されていて車で上がることができ、毎年、上三所の有志「昭和会」によって草刈りの整備がなされ、東屋の建っていて、山頂からの眺めも良く、東に大山、南に鯛ノ巣山・大万木山、西に三瓶山を望むことができる。

 城山は別名「須我非山」と言われた。この山には三沢城主の出城があったので「城山」と呼ばれるようになった。

 

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三沢城跡・要害山

  戦国の武将三沢氏の居城跡で、為仲(為長)が嘉永3年(1305)三沢荘鴨倉山に城を構え、為虎が安芸国へ移住するまでの約280年間の居城であった。

 この地は北に斐伊川、南に阿井川と両川に挟まれており、城跡は標高418.5mの要害山になる。近辺にこれより高い山はなく、南は中国山地まで一望の中にあり、北は斐伊川の流れを眼下に見下ろす展望のよくきく要害の地である。

で中世の代表的山城として有名であり、昭和49年に県の史跡文化財の指定を受けた。標高419メートルと低いが、山頂からの展望は素晴らしく、県境の山並みや雲南の山々まで一望できる。

 車を降りて少し山道を登り、大手門跡の石垣を左手に二の丸を過ぎ、やや急坂を20分余り登ると山頂につく。

 地元「要害山三沢城跡保存会」によって整備され、毎年春には「山城祭」(山開き)が行われているほか、桜やもみじの植栽もされていて、戦国の往時を偲びながら花や紅葉を楽しむことができる。

 

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三郡山

 

 標高806メートル、山頂は仁多郡・大原郡・能義郡の郡境が交わっていることからこの名がついた。

 花崗岩系の山体からなり、『出雲国風土記』には飯梨川の源「田原山」と記してある。中国山地と宍道低湿地帯のほぼ中間にあり、この山を中心に東西に600800メートルの連山が、東北部能義郡、西北部大原郡と南部仁多郡に分かれている。本郡を流れる亀嵩川、大原郡の久能川、能義郡の山佐川は、いずれもこの山に源を持つ。

 この山周辺の地質は、風化の進んだ黒雲母花崗岩・花崗閃緑岩で、良質の砂鉄を含んでいる。

 大原郡・能義郡からも登ることができるが、仁多からは亀嵩農道の上分から、西ルートと東ルートの2つのコースがあり、途中広葉樹林地帯も多く新緑と紅葉が十分楽しめる。

 登山口から約2.7キロで1時間30分あればゆっくりと登ることができる。平成7年に地元の「三郡山を愛する会」のメンバーによって作業道を整備し、その後、平成9年には「三郡山をよみがえらせる会」を結成し、案内板やベンチを設け、登山道や草刈りなど管理している。

 山頂に立つと360度のパノラマが開け、南に琴引山・大万木山・鯛ノ巣山を、東に玉峰山・船通山の中国山地が一望でき、遠くには道後の山や宍道湖・中海・大根島が見える。

 

 

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鍋坂山

 

 高田の大仁農道沿いに駐車場と標識を備えた登山道入口がある。

 山頂は奥出雲町と雲南市大東町の町境をなし、標高703メートル、見晴らしは良く、奥出雲から松江方面なでがぐるりと見渡せる。

 地元「高田里づくり協議会」と、高田小学校の校歌にも歌われていることもあって「高田小学校PTA」の協力によって登山道の整備がされている。途中には、沢水が流れ小滝や岩場などがあるが、備え付けのロープを頼りに登ればそれほど険しい道ではなく、40分もあればゆっくり登ることができる。

 

 

玉峰山

 

 奥出雲町と安来市広瀬町の町境に位置する標高820メートルの山。花崗岩系の山塊からなり亀嵩川の源流に雄滝・雌滝が懸り、玉峰山森林公園中にある主峰である。林間広場、キャンプ場、散策道を昭和53年に整備し、平成15年には、全長6000メートルの遊歩道を再整備した。

 『出雲國風土記』に「山嶺に玉上神を在せまつる。故、玉峯と云ふ」とあり、昔は神聖な山とされていた。

 登る途中は、さまざまな奇岩怪岩に富み、大小幾つかの滝があって、家族連れでの登山に適している。

 平成78月に、豊かで良質な水の供給に役立つ自然環境の恵まれた森として、林野庁の「全国水源の森百選(全国100ヶ所、県内2ヶ所の内)」に選ばれた。

 玉峰山荘の散策コースとも一体化しており、1時間もあれば頂上まで登ることができ、三瓶・大山をはじめ、猿政・吾妻・三郡山と360度のパノラマが楽しめる。

 毎年春には、「亀嵩観光文化協会」によって山開きが行われ、周辺の清掃整備がされるほか、山麓の森林所有者で組織する、谷奥鉄山生産森林組合の協力で、山頂一帯が景観整備され、登山道の人気も高い。

 

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